号外 — 2026年9月18日
JPYCに何が起きたのか
9月17日18時、JPYCが韓国のUpbitに上場しました。数時間後、韓国の板でJPYCは 1円相当の4倍を超える値を付けています。ほぼ同じころ、日本側では発行体ウォレットの残高が 0になっていました。上場から翌朝までの14時間に何が起きたのか、オンチェーンに残った記録から追います。
結論 — 値が動いたのは、値が決まる場所だった
先に整理しておきます。JPYCの裏付けも、1円で発行して1円で償還できるという条件も、この間なにも変わっていません。跳ねたのは取引所とDEXの価格形成の側です。薄い板に買いが集中すれば、 どんな銘柄でも値は離れます。JPYCがそうなったというだけのことです。
面白いのは、その乖離が何時間も閉じなかったことのほうです。 1円で発行できるものが3円で売れているなら、誰かが発行して売りに出し、値はすぐ戻るはずでした。 その戻す力を追いかけると、発行体ウォレットの残高が19時30分に0になっていた—— つまり配れるものが無くなっていた、という記録に行き当たります。
左の3つは取引所とDEXで起きたこと、右の2つは発行体のウォレットで起きたことです。 値そのものは外側で動き、内側はそれに追いつけませんでした。
なぜUpbitで値が跳ねたのか
ここはJPYCの事情ではなく、取引所の仕組みの話です。 Upbitが出した告知には、その日の値動きを形づくった条件が並んでいます。
| 上場した市場 | KRW・BTC・USDT の3市場に同時上場 |
| 入出金ネットワーク | Ethereum のみ |
| 上場前の参考価格 | 8.81ウォン(9月17日9時40分時点) |
| 取引開始 | 18時(当初12時の予定を2度延期) |
| 開始から約5分 | 買い注文を制限。前日終値比 −10%以下の売り注文も制限 |
| 開始から約2時間 | 指値以外の注文タイプが使えない |
新規上場の板は空の状態から始まります。そこにある玉は、 上場前に誰かが入金しておいたぶんだけ。JPYCの入出金はEthereumのみ対応で、 9月17日時点でEthereum上のJPYCは全流通の1割にも届いていませんでした。売り板を厚くできる人が、そもそも少なかったことになります。
そこへ、開始直後の制限が重なります。最初の約5分は買い注文が制限され、開始からおよそ2時間は指値以外の注文が使えません。板を厚くする側にとっては動きにくい時間帯です。
結果として、参考価格8.81ウォンで始まった板は買い上げられ、35.7ウォン——始値比+197.5%を付けました。円に直すとおよそ3.11円です。 韓国のウォン市場は外から玉を持ち込みにくい閉じた市場で、 価格が離れやすい構造は以前から知られています。今回もその形をなぞっています。
ここで一つ、押さえておきたいことがあります。Upbitは、注文を突き合わせる「板」の取引所です。買いたい人と売りたい人が値段を出し合い、合ったところで約定する——それだけの場所で、ステーブルコインのペッグを守る仕組みは、板の上には存在しません。
JPYCの1円は、JPYC EXで1円を払えば1枚もらえ、1枚返せば1円が戻るという 発行・償還の回路によって保たれています。しかしその回路は日本にあります。 Upbitの板の上には無い。板の上のJPYCは、ただ需給で値がつくトークンです。
JPYCが手を変える場所は複数ありますが、1円を約束しているのは発行と償還の窓口だけです。
だから、値を戻すには板の外へ出るしかありません。 Upbitから出金してEthereumへ移し、日本の本人確認済み口座から償還する——数時間から数日かかる道のりです。 その間、板の上の値は板の上の需給だけで決まり続けます。
DEXでも同じことが起きていた
Upbitで売るには、Ethereum上のJPYCを持ち込む必要があります。 JPYC EXで発行するのが本来の入口ですが、そこには銀行振込と1回100万円の上限があります。 もう一つの入口がDEXで買うことで、そちらにも買いが向かいました。
そしてDEXの板も、Upbitと同じように薄いのです。 JPYCが主体となっているプールの流動性は、全チェーンを合計しても約29万ドル(4,500万円ほど)しかありません。揺れ方はチェーンごとにまったく違います。
| プール | 最高値 | 時刻 | 出来高 |
|---|---|---|---|
| JPYC/USDT 3.21%Polygon | 2.85円 | 9/17 19時 | $0.95M |
| JPYC/USDT 2.85%Polygon | 2.78円 | 9/17 19時 | $3.77M |
| JPYC/USDC 10%Polygon | 2.64円 | 9/17 19時 | $0.49M |
| JPYC/USDT 3%Ethereum | 2.07円 | 9/17 21時 | $0.49M |
| JPYC/USDC 2.2%Ethereum | 1.75円 | 9/17 23時 | $0.20M |
| JPYC/USDT 5%Ethereum | 1.72円 | 9/17 22時 | $0.22M |
| JPYC/USDC 0.05%Avalanche | 1.31円 | 9/17 19時 | $0.12M |
1時間足の終値ベース。丸の大きさは9月17〜18日の出来高です。
まずUpbitが対応していないPolygonのほうが、対応しているEthereumより大きく動いています。直感に反する結果なので、出来高を併せて見ます。
Polygonの JPYC/USDT 2.85% プールは、この2日間で377万ドル(約5.8億円)が取引されています。 19時台に2.78円で引け、20時台だけで107万ドル、18日0時台には166万ドルが出来ました。数時間にわたって、まとまった金額が2円台で売買され続けています。一度の取引がたまたま跳ねた、という規模ではありません。
では、Polygonでは何が起きていたのか。価格が最も高かった19時台を見ると、高くなったJPYCを手放す動きが記録に残っています。LI.FI——最適な交換経路を自動で組み立てるアグリゲーター——を通した売りです。
LI.FIのコントラクトに入ったJPYCと、そこから出ていったJPYCは件数も金額も完全に一致しています(27件・397万円)。 受け取ってそのまま流しているということで、行き先はUniswapのプールでした。JPYCは別のトークンに交換されて手放されています。1件あたり最大144万円、9月17日19時00分から19時07分までの7分間に集中しています (このログは1,000件で打ち切られているので、19時台の全体はこれより多いはずです)。
高いところで売る——値を1円へ戻す方向の動きです。実際、Polygonの2.78円は 翌18日2時には1.04円まで戻っています。DEXの側では裁定が働いていました。
ただし、それはJPYCを売る側の動きです。 値を戻すもう一方の力——1円で新しく発行して売りに出す——のほうは、 在庫が尽きていた時間帯、止まっていました。
Avalancheがほとんど動かなかったことも、この見方と整合します。 プールが小さすぎて、そもそも買いが向かわなかった。 最高値1.31円で、出来高は12万ドルです。
その裏で — 発行体ウォレットの記録
ここまでが、値が決まる場所で起きたことです。では、値を1円へ戻すはずの側はどうなっていたのか。JPYCを新しく世に出す入口——発行体のウォレットを、同じ時間軸で見てみます。
Ethereumの発行体ウォレットからの送金を1時間ごとに集計。18時の上場を境に跳ね上がり、 19〜21時は配布が止まり、再開後の18日0〜1時に2時間で4.6億円が出ています。 9月18日は8時台までの部分集計です。
止まった3時間に何があったのか。発行体ウォレットの残高を1時間ごとに読むと、答えははっきりしています。
発行体ウォレットのJPYC残高をアーカイブノードから直接読んだもの(各時刻の直前ブロックの残高)。 金額の幅が大きいので目盛りは平方根にしてあります。赤い帯は、残高が0だった時間帯です。
16時に1.18億円あった在庫は、殺到した発行に3時間で削られ、19時30分の残高は 0.0000億円。そこから約2時間、このウォレットからの送金は1件も記録されていません。 21時37分に5.9億円が新規発行されてウォレットに入り、その22分後に送金が再開しています。
「発行を止めたから配れなかった」のではなく、「配る原資が尽きていた」。 JPYC社がEthereumの発行予約停止を告知したのは20時34分ですが、ウォレットの残高が0になっていたのは、その約1時間前です。もっとも、告知が指しているのは利用者側の受付停止であり、 ここで見ているウォレットの動きと一対一で対応するとは限りません。
同じことは、この夜のうちにあと2回起きています。18日1時に残高が2.15億円まで細ると1時19分に6.0億円が追加され、 3時にまた細ると3時19分に25.0億円——それまでの補充の4倍以上——が一度に積まれています。 小刻みな補充から、大きめの余裕を持たせる形へ変わったように見えます。
JPYCはどう発行されるのか
オンチェーンに残った記録から、JPYCの発行は次の順に進むと考えられます。
利用者は本人確認を済ませた口座から銀行振込を行い、JPYC EXで発行予約をします。 発行体ウォレットから送られる際に、受け取るチェーンを選べます。
ここで大事なのが④の性質です。発行体ウォレットは、注文のたびに1枚ずつ新規発行しているのではなく、あらかじめまとめて発行した在庫を置いておく「プール」として使われているとみられます。 このウォレットへの新規発行が、5か月でわずか3回しかないからです。
| 新規発行の日時(JST) | 金額 |
|---|---|
| 2026-04-08 15:43 | 1.0億円 |
| 2026-06-29 11:41 | 3.0億円 |
| 2026-07-17 16:34 | 1.6億円 |
| 2026-09-17 21:37 | 5.9億円 |
| 2026-09-18 01:19 | 6.0億円 |
| 2026-09-18 03:19 | 25.0億円 |
4月から7月まで3回、合計5.6億円。そこから2か月間、新規発行はありませんでした。 そして9月17日の夜から18日未明にかけて、6時間で3回・合計36.9億円が積まれています。
2か月ぶんを賄えていた在庫が、発行の急増によって3時間で尽きた——これが今回の出来事の芯です。原資が尽きたから配れなくなった。それ以上の説明は要りません。
ではなぜ、そのEthereumに需要が集中したのか。Upbitの入出金がEthereumにしか対応していないからです。 JPYCはEthereum・Polygon・Avalanche・Kaiaで流通していますが、 9月17日時点でEthereum上の残高は全体の1割にも届いていませんでした。いちばん薄いところに、いちばん需要が来た形です。
確かなのは、残高が0だった約2時間、このウォレットからの送金が1件も無かったことです。 そして18日3時に積まれた25億円——それまでの補充の4倍以上——は、 同じことが起きても在庫で吸収できるようにした、という対処に見えます。
オンチェーンが記録したもの
発行体ウォレットからの送金を日ごとに数えると、9月17日を境に性質が変わっているのが分かります。
| 日付 | 送金件数 | 宛先アドレス数 | 発行額 | 100万円ちょうど |
|---|---|---|---|---|
| 9/13 | 19 | 16 | 0.03億円 | 2件 |
| 9/14 | 30 | 30 | 0.05億円 | 3件 |
| 9/15 | 30 | 27 | 0.07億円 | 4件 |
| 9/16 | 17 | 16 | 0.01億円 | 0件 |
| 9/17 | 576 | 345 | 3.60億円 | 253件 |
| 9/18 | 1,218 | 1,044 | 6.34億円 | 420件 |
9月18日は8時台までの部分集計。前週まで1日20〜30件だった送金が、2日で1,794件に増えています。
注目すべきは金額の内訳です。9月18日だけで420件が、ちょうど100万円でした。大口が一気に発行したのではなく、上限まで発行した個人が大量に発生した形です。 宛先アドレスは1,044。前週の平均が20前後だったことを踏まえると、桁が2つ違います。
では、発行されたJPYCはどこへ行ったのでしょうか。追いかけると、きれいに1か所へ集まっていました。
1,044アドレスへ渡ったJPYCは、中継役のウォレットを経て、ひとつのアドレスへ集約されました。 受取15件・送出ゼロ、着金はすべて12分間隔。取引所がホットウォレットからコールドへ掃き出すときの形です。
結果として、Ethereum上の流通10.30億円のうち5.27億円(51%)が、一度も動かない1つのアドレスに 収まっています。個人が発行し、取引所へ送り、取引所が保管に回した——という筋がそのまま見えます。
これは需要の増加なのか
発行残高だけを見れば、Ethereum上のJPYCは1.28億円から10.30億円へ、2日で8倍になりました。 ただし「発行残高が増えた」を「買われた」と読むのは危険です。今回増えたぶんの多くは、3円で売るために1円で発行されたものだからです。
償還ウォレットへの着金(=償還の申し込み)は、前週まで1日7〜11件でした。それが9月18日は114件。 件数では10倍を超えていますが、金額はまだ発行額の4.1%です。
巻き戻しは始まってはいるが、まだ終わっていないというのが現時点の姿です。 価格が1円へ近づくにつれ、裁定で発行されたぶんは償還に回ります。 それがどこまで戻るかで、今回の出来事の性質が決まります。
これから見るべき4つ
- ① 償還がどこまで戻すか。 発行された約10億円のうち何割が返るかで、実需と裁定の比率が分かります。
- ② コールドの5.27億円が動くか。 動かなければ取引所の在庫として定着したことになります。
- ③ 発行体ウォレットの残高が厚いまま維持されるか。 29億円の水準が続けば「次に備えた」、元の1億円台へ戻れば「今回限りの対処だった」と読めます。
- ④ 9月20日から始まるキャンペーンの影響。 JPYC社はEthereum上で50万JPYC以上を購入した先着20名にETHを配る施策を予告しています。Ethereumを厚くする動きが続くかどうか。
今回はっきりしたのは、日本円ステーブルコインが海外の板に載ると何が起きるかという 一つの実例です。値は外側——薄い板の上——で動き、内側の供給はその速度に追いつきませんでした。 どちらも壊れたわけではなく、これまで接続されていなかった二つの市場が、 初めて直接つながった夜の記録だと言えます。 18日未明に積まれた25億円は、その前提が変わったことへの対処に見えます。 次に同じことが起きたとき、同じだけ歪むのか、それとも在庫で吸収しきるのか——そこが観測点になります。
balanceOf を 直接呼び、残高を読んだものです。 9月18日ぶんは集計時点までの部分値で、日中の動きは含まれていません。 価格は報道および DEXプールの実測値によります。数値は当サイトのオンチェーン集計より自動更新(最終更新: 2026年9月18日)。本記事は情報提供を目的としたものであり、投資助言ではありません。